有名人姓名判断のブログ

今話題の有名人の運勢を古神道由来の数霊術姓名判断にて占ってみたいと思います。

幕末~明治探訪・福沢諭吉は生涯奥様だけを愛し抜いた👀‼️


古神道由来の数霊術姓名判断をさせて頂きます。カタカナ読みで診断致します。


祖先運→フクザワ=138→12で吉凶混合数の分裂運です。長所はある程度の発展、短所は中々結果が出ない。


前半生運→ユキチ=68で大吉数の商才運です。長所は律儀者・商売の天才、短所は銭勘定が過ぎればただの拝金主義者。


後半生運→フクザワ+ユキチ=138+68=206→8で吉数の忍耐運です。長所は努力家・忍耐力、短所は試練・制限。


一生運→ワ+ユ=84で吉凶混合数の不実運です。長所は一時的隆盛、短所は独善・不誠実。


中和運→フ+チ=48で吉数の有徳運です。長所は有徳・忍耐力・縁の下の力持ち、短所は試練多し。


運勢指数=―3+2+1±0+1=+1でやや幸運な方です。


福沢諭吉(満66歳没)は幕末の中津藩士で若年の頃より立身流居合の稽古を積み、成人の頃には免許皆伝を得た達人であった。また語学力に優れ江戸藩府外国方翻訳局や外国奉行で活躍する。

明治維新後は啓蒙思想家・教育者として活躍する。慶應義塾の創設者。商法講習所(後の一橋大学)、神戸商法講習所(後の神戸商業高校)、北里柴三郎の伝染病研究所(現東京大学医科学研究所)、土筆ヶ岡養生園(現東京大学医科学研究所附属病院)の創設に尽力した。新聞「時事新報」の創設者でもある。

1861年(26歳)中津藩士江戸定府の土岐太郎八の次女錦と結婚して4男5女の9人の子供を設けた。諭吉は結婚前にも後にも妻以外の婦人に一度も接した事がなかったという。

諭吉は明治維新になって欧米諸国の女性解放思想をいち早く日本に紹介。「人倫の大本は夫婦なり」として一夫多妻や妾を持つ事を非難し、女性にも自由を与えなければならぬとし、女も男と同じ人間であるため、同様の教育を受ける権利があると主張した。自身の娘にも幼少より芸事を仕込み、シーボルト夫人に芸事の指導を頼んでいた。

若い時に覚えた煙草を晩年まで好み、太いキセルで煙草をふかした事から、慶應義塾の塾生かは「海賊の親分」と言われていた。また、慶應義塾を創建した1万4000坪に及ぶ広大な三田の良地を保有していて、その一角に自宅を建てて住んでいた。


いやぁ、福沢諭吉って日本における女性解放の先駆者でもあるんですね。明治の偉人は凄いです⤴️⤴️